■エルゴプラクシー16デッドカーム/busy doing nothing_s高木聖子c増井壮一d?松圭g久留米健吾寺田嘉一郎g補佐恩田尚之山田正樹小森秀人又賀大介坂本千代子

無風状態で飛行できないセンツォン号で過ごす数日、リルの生々しい生活行動と、ビンセントに対する生理的なイライラ描写がキモの回。リルの四角四面なキャラクターが、崩れていく様子が非常に可愛らしく描かれてます。
リルの肉体的実体感がリアルで、素晴らしい。でも、あんまりイヤらしいカンジがしないのは、さすがです。


ちょっと違うが分かり易く断言してみると、神経質で生真面目できっちりしている新婚の妻が、夫のだらしなさ、生理的に許容できない習慣などにいらつく様に似た状況かな。


細かく設計されたエピソード山盛りだけど、一つあげるとすれば、リルの鬱屈と解放の象徴として、ひょろりと伸びたビンセントのヒゲが使われているのが、非常に可愛らしく、上手いと思った。
煮え切らないあいまいな言動や、惚けたかのような行動、破けた靴下、便座のフタを閉じないことなど、「純真な愚鈍」を体現するビンセントにイライラと嫌悪ばかり感じているリルさんが、深く興味を覚え、心底希求したのが、ビンセントの顎に生えたひょろりと長く伸びたヒゲを引っこ抜くこと。


鬱屈が極まり、蝋燭の光の中、ビンス(のヒゲ)を凝視する様とか、眠る前にノートにBeard(あごひげ)とイラスト付きでメモったりする様子とか、非常に味わい深いです。
そして、鬱屈したリルの心理的変容は、蝋燭の光の中、ビンスのヒゲを突然引っこ抜くことで展開するのでした。
直後に、オーロラを見上げながら、世界に鈍感になることもいいんじゃないかなと思うリルさんは、なんでしょう、実は、現実に敗北してしまったのかしらとも思った。(これが人間らしいってことなんでしょうけども。)


<打開策は案外簡単なモノなのかも知れない。考えたってしょうがない。・・・そんなキモチになってみた。それに今はなぜだか少し。>オーロラを見上げながら。<なぜだか、笑顔のワタシを許してみたくなった>
風が吹き、手帳が、オーロラの空に舞い上がる。
<モスコまであと2000マイル。南西より疾風。>


あと、リルのツンケンした様子が、いちいち琴線に触れてヨカッタ。リルがビンセントとピノを観察するという名目のシナリオだけど、我々はリルさんの外面の態度と、内面の変化を観察していたってカンジでしょうか。面白かった。


◆◆以下メモ◆◆
・Dead Calmは、調べたら大凪という意味でした。
・この回は、<未明に濃霧。本日も、完全なる無風状態。通常どおり起床・・・>で始まる、リルの手帳で表明されるリルの内面と、実際の発言のギャップが大変味わい深い回。


・リルさん、ビンセントと同室なのに、パンツ一丁で眠り、パンツ一丁で起床。リルさんが眠るのはベットの上で、ビンセントは床にねているが、ビンセントがシャワーを見てしまっても不動だし、全般的に若い女性らしい羞恥心が窺えないかも。前回提示された、SF的理由によるものか、そういう育てられ方をしたということなのでしょうか。


・バスタオルをまとい、鏡で口をのぞき込みながら、デンタルフロスで歯の手入れをしていて、うーむあんまり見たくないかも。


・この回は、各所にちりばめられたピノの無邪気な様子もいいな。リルの化粧をまねして寝起きのビンセントを驚かせたり、キャッチボールしたり、雪玉をビンスに投げつけたり。


・<それにしてもプラクシーだ。未だ謎が解けない。解けるどころか深まり続け、もはや意味不明。>
<どこまでが連中の術なのか。・・・そして、何より謎なのが、今目の前にいる・・・・>
・これは、前回に言及した唯一の箇所かな。
・寝起きに天井にアタマをぶつけるビンセントを見て、リルは、「Unacceptable」受け入れることが出来ないと手帳に書いています。


・<終日、プラクシーの生体観察>といって、真面目な顔で、ビンスを船から突き落とすリルさん。3回ぐらい繰り返す。これは、理由をつけてイライラをはらしているものとみた。


・新婚夫婦の諍いでよく聞く、便座のフタ問題。
「・・なさけない。便座をあげることくらいでしか、男としての存在感を主張できるものはないのか。」
「ビンセント!何度言わせるつもりだ、便座は必ず下げておけと言っているのを聞いていないのか?」
・同じシークエンスが2度繰り返されるのですが、2度目に発見したときは、怒りに歪んだ顔に無言のまま、ビンセントを船からけ落としていて、この人柄がとっても素敵。


・パスタをゆでながら「塩をひとつまみ?・・・ずいぶんと曖昧な表現だな。」いかにも、リルさんが言いそうなカンジのセリフ。


・リルさん、シャワー上がりで鏡を見て、デキモノを見つける。「うそ。なにこれ。」


・ペンを探して、床を這ったり、引き出しを開けたりしているリルさんは、ビンセントの靴下が破けて親指が出ているのを発見。嫌悪に歪む表情が、素晴らしい。
「穴、あいてるぞ」
「気にしないでください」と、曖昧な笑いを浮かべながら靴下の穴を、指の間に挟んで微妙に隠すビンセントが、確かに愚鈍に見える。(というか、この隠し方、ワタシも経験あり。)


・<午後、懸念していた物資難問題が急浮上>とリルの手帳。何事かと思えば、シャワー問題。
「リルさん、3分たちました」
「まだ、髪を洗ってない。」
「でも、残りの水の量を考えたら・・・」
「今日は髪を絶対洗いたいんだ・・・後二分。おまえは髪短いんだから一分で十分だろ。」
「そんな」
・上を承けて、リルの手帳<話し合いの末、暫定ながら水不足問題解決>・・・・自分勝手すぎて、いいなー。


・二人で、食卓に向かい合っている場面、リルは、ビンセントの顎に、一本だけひょろりと長く伸びたヒゲを発見。
リル驚愕の表情。凝視してビンセントに「どうしたんですか」と問われると、うろたえて目を左右に動かす。「眼球トレーニングだ」という訳の分からない言い訳がツボだった。端正な表情でヒゲをにらみ続けるリルさんも相まって、このシーンは爆笑。
・最初は、ビンセントに嫌悪を感じたのかと思ったけど、もう一度見ると嫌そうな表情ではないし、最後の行動を考えてみると、抜きたくて仕方がなかったんでしょうね。


・<食糧不足問題、悪化の一途>
「又、豆かよって思ってます?」
「・・んあ、それもそうだが・・・・盛りつけ方が・・・」
「見た目に新鮮さが欲しいかなって・・・あはは、あはははは」
<その行為自体甚だ疑問を感じるが、のんきそうな顔を眺めているだけで、無意味にイライラする・・>
この回、徹底的にビンセントは、天然な自由人、「純真な愚鈍」っぽく描かれていますね。相当に、いらつかれているのに、リルに凝視されて、ポッと頬染めてしまうビンセントとか。


・リルさん、トレーニングするときはパンツ一丁。スクワット、腕立て伏せ、ピノが脚に乗って腹筋。


・ビンセントの持ち物入れを探索するリルさん。新品の靴下を見つけて、破けた靴下を、何時までも代えないビンセントのだらしなさを詠嘆するのでした。このエピソードは、地味だけど、ビンセントのだらしなさを良く表現していると思った。こういう人っているもの。(まったく親しくないが、約一名ほど・・・・)


・ドラマ的な一つのヤマ。リルになじられてどぎまぎするビンスがとってもいい。
「おまえはこの状況をどうとらえている。打開策は考えてあるのか。」
「打開策って言われても・・・風が吹かなければどうしようもないんで・・」
「で?」
「だから・・その・・」
「その、なんだ?」
「いえ、なんでもないです。」
「何でもないとはどういうことだ。本気で考えた上でなにもないのか?考える努力をしていないからないのか?
大体なんの権限で、共有料理にことわりもなくドレッシングをかけられるんだ。おまえの好みにナゼワタシがつきあわなければならない」
「えーと、その・・」
「言いたいことがあるのなら、はっきり言え。おまえには主体性がまったく感じられれない。この旅だってそうだ。行き当たりばったりじゃないか。明確な目的意識はあるのか?」
「そ・・それはモスコに戻ればきっと・・・・・ごめんなさい」
「自虐は回答にはならない。」
「ごめんな・・・あ・・・」
「どうしておまえはそう、煮え切らないんだ。この女何キイキイいってるって言うような顔はやめろ。食欲が失せる。」
「いや・・・あの、オレ的には気長に待てば、そのうち風も・・・」
「あ?突然なにを言い出す。今はおまえの・・・・・もういい。」


・<慢性的倦怠感・・・思考力低下・・・難点ばかり目につく>
<理解しようとつとめたこともある・・・・が無理だった。>


・<未明に積雪。航行距離以前変わらず。通常どおり起床。・・現状確認、いまだ凪継続。>
<底冷えする日はアタマではわかっていてもなかなか身体の方が目覚めてくれない。>
前半あんなにきっちりしていたリルさんの生活が乱れ始めます。


・ビンスの「純真な愚鈍」風の行動。ピノと一緒に何時間も遠景を眺めてみたり、「風のばかやろー」とか叫んでみたり、風を起こそうとしているのか、帆に向かって布を楽しげに振り回してみたり。リルのみならず、「わからん」としか。


・<今後の為に電力の使用を極力控える>
ろうそくのなか、ヒゲをそるビンセントを怖い顔で凝視しているパンツ一丁のリルさん。
「ん?・・・・すっごい見てる。・・・何か言っているし」
すごい怖い顔で凝視するリルさんのクローズアップ「それ・・、それ・・」などと、うわごとみたいに言ってます。
・・・最初見た時は分からなかったけど、ヒゲをそる場面でビンセントに例の長いヒゲが残っている描写もあるので、これは、ヒゲを心配して、ぶつぶつ言っているんですね。惜しい、爆笑しそこなった。


・<栄養失調の兆候か、精神的に余裕がない。神経ばかり張りつめる>
リルが、手帳に書いた「beard」は、辞書引いたら、あごひげの意でした。文字の回りにひょろひょろしたモノが書いてあったり、ああ、この回のリルの鬱屈と解放は、ビンセントのあごひげが象徴だったんですね・・・・モノ知らないと楽しみそこなっちゃうな。
寝る前に、手帳にメモしちゃうほど、ひげが好きか、リルさん。


・<久々に不覚眠った。イギーの夢を見る>
・・・ヒゲ効果ですかね。微妙だ。


ピノは、目を開けたまま機能停止。怖いかも。


・前半は、食事時でもキチンと化粧していたのが、Bパートの後半になると、化粧をせずに食事をしていたりする。場になじんだというよりも、キチンとするのに疲れて面倒になったんですよね、きっと。


・蝋燭の暗闇の中、突然ビンスの顎をつかんで引き寄せるリル。キスするのかと何事かと思うと、ぷつんと、ビンスの長いヒゲを引っこ抜く。くくくと笑いながら「・・気にするな・・・ヘンな顔するな。」
・ここで、自分のしゃちほこばった生きる態度に吹っ切れたリルさんの感情は、直後にオーロラを見上げて自然を感じることにより起動するのでした。
「風のバカヤロー」
・この辺は、音楽無しの蝋燭の暗闇から、一転して雄大さを感じさせる曇天のオーロラと、音楽により非常に効果的に開放感が表現されているとおもった。
アクセントとして、目の前でビンスが転ぶのにあきれた自分が、すっころぶところとか。
「・・・すっきりするな」やさしげに微笑みながら。