■チョコレートコスモスs恩田陸


大変面白かった。徹夜で、一気読み。
おかげで今日は、仕事をしているふりしていたよ。しんどかった・・・


◇さて、これはですねー、物語の構造もキャラクターも、まさに、小説版「ガラスの仮面」といった趣の、演劇天才少女もの。
舞台の奥の闇に魅せられて、演劇・ドラマへの盲目的な没入を行う、北島マヤ相当の女の子「佐々木飛鳥」が主人公。
さいころから芸能界を渡ってきて、若手実力派として名声を享受しつつも、あくまで理知的・分析的な、姫川あゆみ相当のキャラクターも、副主人公「東響子」として登場します。
最後は、伝説の名映画プロデューサーの主催する初の舞台オーデションで、盛り上がること。オーデションの課題の「一人芝居」で、野生の天才 対 理知の天才が激突し、二人して、舞台の闇の奥、深く底知れぬ境地へ達するという非常に前向きな物語。


◇さて、本作。「ガラスの仮面」でおなじみの物語構造、「むちゃな演劇的状況が設定され、それを底知れぬ、天才的な、天性の才能で乗り切り、人々が驚愕と称賛で迎える」というカタルシスあふれる展開が、これでもかと、繰り出されます。
これがもう、どんな天然かつ想定外の工夫で、その状況を切り抜けるかという一点で、先を知りたくて知りたくて、むさぼり読んでしまった。


◇ところで、この物語が小説である必要性はなんでしょう。つまり、単なる「ガラスの仮面」の再話では意味はないとの意識は、あるのかどうか。
ご心配なく。さすが恩田さんだけあって、きちんと考えていて、それが一番発揮されているのが、北島マヤ相当の女の子「佐々木飛鳥」のキャラクターのデティールの設定。


彼女の、演劇への異様な没入と天才性の発揮を、彼女の「世界の認知」についてエピソード、いわば認知心理学的な視点から規定していて、結構説得力があります。


彼女の天才性は、極論すれば、認知障害的な要素をもつ、認識の限界ゆえの天才性の発揮と没入として描かれます。
であるので、彼女は、北島マヤ的な明朗闊達なキャラクターではなく、特定事象への異様なこだわり、異常な集中力といった面が強調され、幼いころから友達もいないが特に孤独を嘆くこともない、無口な、ある意味不気味な、自意識皆無の内省のヒトとして描かれるのです。(この話を読んでいた私のビジュアルイメージは、かわいらしい女の子というよりは、髪の毛ぼさぼさの冴えない女の子のイメージでした・・・・・・しまった、最近だと、あまたの無口キャラがいたな。・・・気になる向きは、お好みの無口キャラクターを思い浮かべください。)


◇この、自意識、自分を他人より優れた存在として規定し優位に立ちたいという欲望、虚栄心が、彼女に、一切ないというのもポイントが高く、物語的カタルシスを高めています。


また、彼女に対置する存在としての「東響子」さんの、理知的な内面と矛盾する、芸能人としての燃え立つような嫉妬心、「自分がもっとも優れている人間として認識されたい」「私を差し置いて何をするの」という激しく衝動的なエピソードも、その内面とともにかなり描きこまれていて、読みどころ。


◇ただし、惜しむらくは、「佐々木飛鳥」の存在に説得力を与える、子どもの頃のエピソードとか、中学、高校の、エピソードが、物語全体の流れの中にうまく溶けあっていないことが、物語の流れをちょっと不自然にしているような気がした。
作者が顔を出す、さあ説明しようね!という章立てがわざわざ有ったりして、もうすこし、うまく埋め込むことはできなかったものか・・・・・ここだけが心残りかな。


◆◆以下メモ◆◆
・やっぱり伝説の名監督とか名プロデューサー(この話では、名プロデューサー)は、変人で、オーデションで異様に難しい課題を課すものらしい。


・紫のバラのヒト相当はおりません。よかった。不要な恋愛要素なしの、純粋演劇バトル?もの。
・W大学の旗揚げしたばかりの演劇集団の座付脚本家巽くんは、もしかして、桜小路くん相当?


・「演劇におけるリアルな演技」と、「写実的なリアルな演技」の違いの問題って、必ずあると思うんですが(いかに写実的演技でも、演劇的な感動をよべるかどうか)、そこはガラスの仮面同様、完全にスルーしています。
・佐々木飛鳥は、「写実的なリアルな演技」の天然天才ってことみたいなんだけど。


・佐々木飛鳥7番勝負メモ
#未読の方は、読まないほうが・・・・・


①脚本家神谷は、奇妙なパントマイム少女を目撃し驚愕。
②旗揚げしたばかりのW大生で構成される劇団の入団テストで、非凡さを見せつける。
③その劇団ゼロの、準備不足の初公演の初日で、「死の天使」として、観客に言い知れぬ不安を与える。(多くの人は、その突出した表現に不安を覚えるが、演技の才能については留保。座長新垣は、むしろ舞台を壊したと述べ演技を変えることを要求・・・)
④その二日目にして楽日で、初日と全く違った「死の天使」を演じ、演出自体も本能のまま勝手に変更。最後に観客を恐怖のどん底に突き落とす。
⑤その舞台を見ていた、新設の国立劇場のプロデューサーが、だまし討ちで、プレ・オーデション会場に誘い出す。またも、非凡さを見せつける・・・
⑥伝説の名映画プロデューサー芹澤による、超いじわるな一次オーデション。ここにいたって、3名の競合者の演技を丁寧に描写したうえで、さて真打登場、驚愕の演技と演出変更・・・・・・というカタルシスありすぎな展開。(サキ「開いた窓」)
⑦一人芝居の女優によりそい、その陰の声を演じるという難易度の高い2次オーデション。本作のクライマックスで、やはり、3人の演技のあと、真打登場。東響子が、オーデションの相手役で、二人で、世界を切り結ぶ・・・・・(テネシー・ウィリアムズ欲望という名の電車」)