■わたしを離さないでsカズオ・イシグロt土屋政雄

2006年4月30日初版発行 早川書房(ハードカバー)


1989年に「日の名残り」で英国ブッカー賞を受賞した、日本生まれの英国在住の英国籍の作者による、文芸よりのSF。(ちなみに、「日の名残り」は、枕もとあたりで積読状態になっています・・・)
この作品の何よりの売りは、何も知らないことによる幸福と無残、知ることによる幸福と無残を、微細なエピソードを積み重ねて描いたところかな。


小学生ころの、世界と世界における自分の存在について関心を持たず、狭い視野と狭い人間関係の中で幸福に、しかし、他愛のない誤解や自我の主張により、小さな軋轢をはらみつつ描くところは、素晴らしかった。
やがて、幸福な学園生活に、時折侵入してくる「現実」が、小さなさざ波と緊張を起こしていくところなどは、読みごたえがあります。


SF的背景は、100P目ぐらいから徐々に明らかになってくるのですが、解説で柴田元幸さんがおっしゃっているように、何も知らずに読むことで、この物語は最大の効果をはっきするとワタシも思うので、予備知識なく読むのがいいかも。


◆◆以下、メモ◆◆◆ネタばれあり◆◆
(以下、ネタばれ気味のメモなので、未読の方は読まないほうがいいです。)





・この物語の欠点は、語り手がちょっとくどくどしていて、いいわけがましいところかな。まるでおばあさんみたい。多少感情移入を阻むところがあるけど、これすら実は意図しているのかも。


・しかし、SF的に補完したいのは、「純粋で無垢で、反逆を知らず、運命を受け入れてしまう善良な人間」として育つ仕掛けかな。
・平素わかりやすい物語ばかり読んでいる私としては、どうして反逆しない!、ここは地平の果てまで、一緒に逃走するところだろ!と、もどかしく思うところが多数。
・主人公をはじめ、諦念に頭の先までつかり、社会的な理不尽な制度に対して、毒ひとつはかず、すべて受け入れてしまう。
・人生は、断念の連続だとはいっても、ちょっと限度があるよなーというのが正直な感想。


・ただし、幸福にも何も考えずに笑って生きていられた、「黄金色の」幼年時代の描写が生き生きとして強力なので、そのあとのじわじわくる「死すべき定め」の悟りとかが、恐怖と背中合わせの空気に満ちていて、素晴らしい。そして、泣ける。
・朗らかに、あるはずもない可能性の未来を語る様子とかが、痛ましい。


・善意の行為が、最大限の残酷さを発揮するという、最後に浮上してくるテーマが逆説的で、心にしみた。
・反逆の意思が薄い中でも、藁をもすがる思いで探した「絵画館」のマダム。子供時代から希望のかすかな光だったそれが、そもそも数人の「善意ある人間」の気まぐれにすぎなかったことを知る失望の構図の皮肉さ!
実人生に、「それをすればすべてが変わる」ターニングポイントなどない。それは物語の中だけであり、そして物語の中ですら。


・恋人トニーとの別れも劇的なものはなく、彼が「使命を終えた」ことすら、人づてに聞き、ああそうかと淡々と受け入れる。
ざわざわした不穏な考えに満たされるのではなく、透明なあきらめに満ちた日常が延々と、「使命が終わる」まで続く。
・その心をささえるのが、実は、「ヘールシャムという施設」での幼年期の思い出なのだけど、しかしそれが、「ヘールシャム出身者」にだけゆるされた特別なことなのだという、なんというのでしょう、とてつもなく不幸なのにそれすら幸福なのだという、この絶望的な状況は・・・・・絶句するしかない。
・主人公は、絶句するどころか、そんな思いすら心の中に、錘を付けて沈めて、そして、「行くべきところへ向って」出発していく。



「静かな生活が始まったら、どこのセンターに送られるにせよ、わたしはヘールシャムもそこへ運んでいきましょう。ヘールシャムはわたしの頭の中に安全にとどまり、誰にも奪われることはありません。」