■ソ・ラ・ノ・ヲ・ト07蝉時雨・精霊流シs吉野弘幸c&d松尾慎g河合拓也

◆個人的にはいわば待望の展開。のほほんと日々を気楽に暮らしている小隊の隊員達の背後に、のっぴきならないハードな戦場とか、政治的な背景があるということを前者は全面に押し出して描き、後者は小出しにして匂わす回。


◇・・・・だけれども、この回クローズアップされる隊長の過去の軍隊らしい冷徹な体験を描いたとしても、その体験の中で滅び去った旧世界の断片を匂わせたとしても、他でもない同じ人間と戦争をしているのだという悄然とする現実がこの世界の中心にあることを描くとしても、・・・・・だけれどもそれでもなお、「萌えキャラお姉さん」的文脈に沿って描かれる隊長、そして彼女を子供の如く幼い調子で慕う隊員達が、背景の優れた世界描写と分離していると感じてしまうのでした。


◆この回の最後、フィリシア隊長は、精霊流しをする無邪気な隊員達を眺めながら、リオに語りかける。
「たったひとり生き残って私もずっと考えたわ。・・・何故私だけが生き残ったんだろう。それにどんな意味があるんだろう・・・って。・・・そして気づいたの。きっとね、この世界に意味なんて無いのよ。」


◇意味なんて無い。しかしその後にこう注釈が付く。
「でもそれって素敵じゃない?・・・だって、無いなら自分でかってに見つければいいのだもの。・・・そして、見つけたわ。私は、私がここにいる意味を。(・・・)あの子達には私みたいな思いを絶対にさせたくないの・・・・。」


◇不必要に隊員が幼く描かれていることもあって、これは、きっと疑似家族ものとしての物語の着地点を示しているような気がしたな。大きな世界の物語は知らず、小さな日常に幸せを見つけていく。


◇問題は、きっと、小さな物語の幸せな継続か、何らかの原因による突然の断絶を描くかという二者択一。キャラクター造形的には、前者が勝っているよーな気がするが、背景世界の描き込みを見ると、後者に引きずられていく気もする。個人的には、閉塞したふわふわした幸せな物語よりも、後者を期待していたりするのでした・・・・


◆◆以下メモ◆◆
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・仲間を失った新米の頃のフィリシアが、旧世界の軍人の亡霊との対話を幻視する。この物語世界の状況について語っている。
「すまない。・・・本当にすまない。(・・・)僕らは負けてしまったから・・・あいつらに。・・・守れなかった。本当にすまない。」
「世界は終わってしまった。・・・・君たちは残滓だ。・・・最後の残ったひとすくいの・・・泡。」
「人類が、・・世界が、昔の反映を取り戻すのは、・・・もう不可能だよ。」
「(・・・)だから終わりにすれといい。こんな残り滓の世界・・・絶望の中で哀れに生きるなんて寂し過ぎるだろう。」


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・リオは、フィリシアを助けた「イリヤ皇女殿下」の近親らしい。
「確かに、昔あの人は私の全てだった。・・・あの人の様に国を、人々を守りたいと思った。・・・・でも、時々思うんだ。それにどんな意味があるんだろう・・・って。」(リオ)


・教会の司祭がリオを見て。
「おお・・・・あの方は?」


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「たったひとり生き残って私もずっと考えたわ。・・・何故私だけが生き残ったんだろう。それにどんな意味があるんだろう・・・って。・・・そして気づいたの。きっとね、この世界に意味なんて無いのよ。(・・・)でもそれって素敵じゃない?・・・だって、無いなら自分でかってに見つければいいのだもの。そして、見つけたわ。私は、私がここにいる意味を。(・・・)あの子達には私みたいな思いを絶対にさせたくないの・・・・。」(フィリシア隊長)