■機動戦士ガンダム00(セカンド) 24BEYONDs黒田洋介c&d長崎健司キャラg大貫健一メカg西井正典有澤寛

◆戦場を覆う死のモーメントに、ダブルオーが超機能を発動して意義申し立てを行い、戦局を左右する・・・・というスーパー燃える話。
◇やはり終盤の決め球だけあって、シンプルなカタルシスを味わえます。面白かった。


◆なのだけど、やはり肝心の主要登場人物それぞれの背負ってきた50話弱の重みが、ほとんど感じられないのは相変わらず。特に物語の軸と位置付けられているルイスとサジの物語の軽さは驚嘆に値すると思った。
ルイスは一族郎党を失い、サジは姉を殺され、しかも今や互いに敵の立場に身を置いているとゆー重い劇中時間を歩んできたはずなのに不思議だよう。私の感性がきっとずれているんでしょう。申し訳ありません。


◆ひとつ思うのは、主人公のセツナの内面描写が足りないことかしら。セツナはかって少年ゲリラであり、実の親を殺したという重い過去を背負っているのだけど、物語開始当初からほとんど悟りを開いて居るんですよね。(そうではない回もあるけど)ほぼ悩み、苦しみ、落ち込みといった内面の吐露もそれに見合った激情もないのですよう。加えて、他人との関係性もあまり語られない。
特に第二期が顕著で、メインデッシュの悲恋的物語をサジに譲ってしまったこともあり、まったく物語の中のポジションは傍観者でしかない。


◇群像劇としては、これは、アリだと思うのだけど、このシリーズ、これまでガンダムと称する物語系列で描かれてこなかった人類統一というぶっとい描線のワンアイデアを押し通すために、スーパーロボットものになってしまって、結果として人間描写がものすごく雑になってしまった。(物語の大枠ラインとしては、非常にユニークで素晴らしいとおもったのだけれども。)


◇この状態では、セツナとサジの役割は統合すべきだったんじゃないかなあと・・・・思ってしまいました。すみません。


◆あと、結局、イオリア計画運行にあたって、イオ爺自身よりも重要な存在だった<ベーダ>の存在感の出し方が上手くなかった気がするな。ベーダを奪還して、戦局が優位になりましたって・・・では素直に腑に落ちないところがあったよ。


◇もっと<ベーダ>の万能感とかを表現するために、(昔ながらの手法だけど)キャラクター化してもよかったんじゃないだろーか。このシリーズはそーゆーノリが強いんだし。


◆さて、ともかく、最終回では、GNドライブというオーバーテクノロジー、正しいことの象徴として説明無しに連呼される「ガンダム」という名称、オーガンダムが何かに似ていることなど、きっちり決着をつけてくれるんですよね!
個人的には、イオ爺の行動と動機と実現力を説明するためにも「外宇宙から流れ着いたうんぬん」というところは、絶対不可欠だと思っていたりします。