■天保異聞 妖奇士15羅生門河岸の女s會川昇c福田道生d宮尾佳和g堀川耕一田中誠輝

◇「ここではないどこかへ。」「砂を噛むような、つまらない現実の生活は、私のいるべき世界ではない。もっと別の、自分が尊重され、自尊心が満たされる、自我にとって幸福な世界があるはずだ・・・・」
そういうわりとありふれた心理回路に対して、「いや、そんなモノはどこにもない。お前達は、その味気ない現実という地獄で、夢を見ながら朽ち果てていくのだ。砂を噛むような現実こそ日常であり、そのつまらない日常にこそ正面から向き合って生きていけ・・・・・」とゆー、このシリーズに一貫するシビアーなメッセージ性を、最大音量で表現した回だろーか。


しっかし、脚本が先走りすぎてしまい、作画こそ整っているモノの、(場面が唐突に変わるので)画面のつなぎはバラバラ、人物の演技は中途半端、主人公とされるヒトビトは画面のはじっこで木偶の坊のように何もせずぼーっとし、視聴者であるわれわれ(私だけ?)は、(人物の描写不足にもかかわらず)物語中央でのたうち回る人物をどう受け取るべきか、途方にくれる・・・・・とゆー、非常に残念な印象の回になっちゃっているかも。
ネガティブ愛好家としては、むちゃくちゃツボをつかれる状況とシナリオだけに、尚更。


◇特に、後半でテーマ性を演出するための段取りだけをやっていたAパート冒頭が悲惨だった(場面の繋がりが薄く、人物達の行動に物語的な納得性が少ない)。その後は、ネガティブなテーマ性が前面に出て来て、(私的には)見やすくなったのだけれども。


ああ、この状況だったら、火盗改めの市野賢了というお侍さんの代わりに、ユキアツに遊女と関わりを持たせた方が、(テーマ的に、更に後味悪くなりそうですが)、主人公の行動とも連動させやすいし、制御しやすい構成になったんではないかしら。
「ここではないどこかへ」は、まさに39年の人生の大半、ユキアツが取り憑かれていた想念なんだしさ。


◇しかし、市野さんが、カワイソすぎる。妖夷に取り憑かれた遊女に思いを寄せただけなのに、連続遊女殺しの下手人として役所に汚名を着せられ、死後の名誉すら剥奪されてしまった。
武士の名誉は、生よりも重いのではなかろーか。
小笠原さんはともかく、ユキアツ以下の妖士の面々の、「妖夷の存在を公にしない為には仕方がない」とゆー割り切りが、現実主義というか、何にも考えていないのか、非常に解せないカンジで、個人的には、この回最大の後味の混濁要素かも。



◆◆以下メモ◆◆
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・甲斐周三郎こと河鍋狂斎くんが、激しく空回りしているように見えちゃった。表面だけ元気だけど、物語に介入できず、あまり存在感を主張出来ていないような・・・・(自分がアトルのなりをして身代わりになるってのは・・・)
・河鍋くんが、遊女屋の二階からアトルを抱えて飛び降りて、コナン(未来少年!)的なガニ股状態になって歩み去るところは(とてつもなく唐突だったけれども)良かった。


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・ユキアツと河鍋くんのアトルを巡る、主にユキアツが情けなく見えるような鞘当てを、実は私は、見てみたいと思っているのですが、ユキアツはさすがにオトナなので淡々としている。
「狂斎は、アトルにこの世の面白さを教えてやると言った。悪い事じゃない・・・・アトルはまだ、異界に未練があるからな。」


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羅生門河岸に紛れ込んだアトルに、清花が声をかける。
「このお歯黒ドブは、臭いし泥は深い。とても渡りきれるモノじゃないよ。・・・・わっちら女を、この吉原から出さないようにするお堀さ」
・・・堀の外に広がる、闇に沈む田んぼ風景に、ツボをつかれた。後半最後に、少し高いところから、吉原から遠景の山並みを見る夕景のシーンがあるけど、これらは、この異界たる繁華街の外にある、つまらない日常世界なんだよね。


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・伝聞で他人事のように話しているが、清花さんは、落魄した花魁さんみたいだ。年期はあけたけれども、行く場所がなくて本所の岡場所で商売をし、(この物語冒頭で)奉行所につかまって吉原に再び放り込まれたみたいな。
「死んでるよ。・・・ながいことトヤについて、とうとうカサがアタマにきちまってね。・・投げ込み寺に連れて行かなくちゃいけないんだけどもね。」(清花)
「投げ込み寺・・・?」(アトル)
「吉原じゃ、わっちらが死んで引き取り手もないとね、・・ほら、ツツミの先のジョウカン寺って寺に放り込まれるのさ。200文だけ添えてね。・・・あとは寺で適当にうめてくれるさ。」(清花)


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「聞いた話だけどね、寺に放り込まれる死体の年をならすと、二十二、三だってさ。・・・それに比べりゃ、そこのは随分長生きしたほうさ。」(清花)
「28になれば、年期が開けて誰でも外に出られると聞きました。」
「・・・年期はあけるさ。だけど、いい旦那に引かれるわけでもなし。今更帰るウチもなし。・・っていう女が大半さ。・・・そんな女達はね。こういうキリミセで、老いさらばえるまで商いを続けるんだよ・・・。みんな、ここを地獄だって言っているよ。・・・・・羅生門の鬼の様な女達が必死で男の袖を引く。・・羅生門河岸っていうんだ。ここは。」(清花)
・自嘲を基調に滔々と述べる遊女の手前で、アトルの無表情な顔のアップが徐々に画面に入ってくるあたりの演出がヨカッタ。


「芋虫からサナギになって蝶になる。いつかは、私も美しい蝶になりんすえ。・・・そんなことを考えている女は、とんだマヌケさ。」


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・この回何が、不自然かって、小笠原さんの洞察力。あっという間に、真相にたどり着きました。反芻する一同。
「・・妖夷が女の体に潜り込み、体内を溶かして成長する。」(アビ)
「・・それを繰り返して、次第に大きくなっていくか・・・。」(ユキアツ)
「蝶の彫り物は、サナギにされたしるし。」(宰蔵)
「女の中に、潜り込み、大きくなる妖夷。」(江戸元)


「殺しが妖夷の仕業ならば、異人の娘が罪に問われることはない。・・・妖夷を見つけよ。」(小笠原)


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・市野さんはこの回のドラマのメインなんだけど、それにしては描写不足で・・・
「清花・・・オレにもお前一人ぐらい養うことは出来る。」(市野)
「ご直参、先手組が娶ってくださるって?ありがたいねえ。」(清花)
「殺しは・・・異人の娘のせいではないかもしれない。蝶の彫り物が・・・。いや、とにかくここを出た方がいい。」(市野)
「なんでわっちになんて構うんです。たかが初めての相手ってだけで。」(清花)
「それで十分だ。」(市野)
「わっちは長いこと本所で商いをやっていたんだ。そんなわっちを・・・」(清花)
「ずっと忘れられなかった。それじゃ、いかんか?」(市野)
「あなた様と一緒に暮らして、それがわっちのすごろくの上がりですか?」(清花)


・市野さんの心を試す為に、唐突に自傷行為に出る女・・・・イタくていいカンジではあるのだけど。
・市野さんは、身を挺して庇って、二人は良い感じに・・・・
・しかし、アトルを、清花の部屋に見つけた市野さんは、蝶の彫り物がある清花に、遊女殺しの疑いがかからないように、アトルを殺そうとする。
・アトルを庇う清花をイチノが斬ってしまい・・・・・という、超絶べたな展開。
・斬られた清花さんは、蝶の妖夷に変じて。


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・アトルが、清花さんの心情を総括。黄昏の中、蝶の妖夷に変じて吉原から外へ出ていこうとする清花。
「あの人も、本当はどこかに行きたかったんだ。自分でも気付いてなかったけど。」
「どこに行けばいいのか分からない。ここで生きると決めても・・・もしも背中に翼があれば、もっと別の行き所があるのではないか。・・そう考えてしまう。・・・・そう考えてしまう自分が、許せない。・・あの人は、どこにも行けない。」


「吉原の外に行きたいの?それがあなたの心?」


「蝶になったら死ぬだけでも、サナギはかえらずにはいられないものな。」