■シュヴァリエ12祖国に眠れsむとうやすゆきc&d神戸洋行g柴山智隆矢向宏志神戸洋行g補佐浅野恭司千葉崇明

ロシア編は終わりらしいが、政変の表面の出来事を掬い取っただけの上に、「創作にもほどがある」とゆー、史実無視に、釈然としない感が強くて、なんか楽しめませんでした。
ごめんなさい。
あと、デオンくんの女装も一度きりだし、4人もさっぱり(血の通った)活躍をせず、ネタ的な楽しみ方も出来ず、欲求不満が・・・・・ああ、なんか文句ばかり言っている私は、人間が出来ていないことおびただしい。


ところで、この回は、ボロンゾフさんのいまわの際の回想が力が入っていて、デオン&リアになぶり殺しにあって水銀を吹き出して倒れた後の、なんというかノスタルジックな走馬燈がドラマのポイント。
そのハゲ&ヒゲの外観に似合わず、国を思う繊細な心が演出されていて、あーなんか、制作側としては、ボロンゾフさんが一番の思い入れキャラだったんだなー・・・・・・と、なんか理解したつもりになってみましたが、その割には、これまでの全話を通じて小物感が強くて、あんまり成仏できないカンジが可哀想でした。


エカテリーナ女王は、ピョートルくんによるDV被害者としての当初の描写からあまりにも飛躍しすぎかも。存在感が希薄で、やっぱりわざわざ歴史の時代感を曲げて、エリザベータさんを殺し、この物語にプロットした甲斐がないカンジがしちゃった。
ピョートルくんを絞首刑にするのだって、「わたくしが法律を変えてまで夫を裁いたのは、宮廷が宮廷である為に必要だったのです。王権というモノはながらくそのように維持されてきました。」なんて辛気くさいことを謹厳実直に仰っておりますが、「深い深い怨念のため」みたいな私怨に根ざしたドラマにしたほうが、当初のキャラクターともリンクするし、なにより人間として素直で盛り上がるのに・・・・とか。


◆◆以下メモ◆◆
・このロシアのエピソードは、フランス革命に通じる道の相似形、王権の衰退と新たな秩序の勃興をイメージさせるために挿入されたエピソードだということが、↓マクシミリアンとデュランの会話でも伺えます。しかし、やっぱり、あまりにも紋切り型じゃないかなあ。
・「王権の衰退」という大テーマは、王自身の資質、血筋の物語、貴族の生態と抗争、諸外国との戦争、宗教の影響、民衆の生活の変化、都市流民の発生などの社会変動など、多元的に描写しないとリアリティをもって起きあがってこないじゃんとおもうのだけど。


「リアの亡骸をセーヌに流したのは・・・私だ。」
「なぜだ、何故あんたがリアを!」
「彼に、彼自身の罪を知らしめんが為。・・・そして、宣戦の布告。・・フランス国王、神の恩寵たるルイ15世陛下への。」
「・・・・フランスを。裏切ったのか。」
「忠誠の対象がかわったのさ。・・ロシアを見たまえ。王権とはもはや、秩序を保つ為の最良手段ではなくなりつつある。衰退の見えた古き秩序を頼り続ける。・・・人々にとって、これほど不幸なことはない。・・終わらせなければならない。・・・そのために、最後の王が必要なのだ。」
「そいつに・・・あんたがなろうっていうのか。」
「・・・王家の詩があれば、不可能ではない。・・・・世界を変えるのは、剣ではない、言葉だよ、デュラン。・・・私が解かずとも、真実はやがて君自身がみつけるだろう。・・・・イギリスで待つ。」


・一行は王命により、イギリスへ向かう。