■N・H・Kにようこそ!09夏の日にようこそ!s西園悟c福田道生d加藤顕g海老原雅夫

この回では、あんなに健気で純真で可能性に溢れていた輝く瞳の小学生のヤマザキくんが、なんでこんな自己中心的な誇大妄想なオトナになっちゃったのかというのが、非常に気になるところ。(一日中、同じ魔女っこソングを大音量でリピートし続けるオトナ・・・・・ううう)
小学生の頃の初恋に破れて「女なんか!」と性格がゆがんだって劇中では説明したがっているようだけど、余りに定番だし、小学生というのは、「女」で人生が分岐するにしても早すぎるし。


ところで、現在パートの学校で、(デートを断られて)ポスターの仮面ライダーモドキに穴を開けてお面にして、「消え失せろ!悪党ども」とかやっている様子は、尋常な様子じゃないかも。
仮想の変身でしか、自分を虐げる世界に対して反攻することができない小さな心。たぶん、(この回で大言壮語している)お酒を飲むことも仮面を被ることと同義なんだろうな。
サトウくんに強気に出ているのは、軽蔑して心理的に優位にたっているからか。


そういう風に見ると、Bパートでも出て来るこのお面の演出は、小さなこころのヤマザキくんをある程度良く演出しているのかも。
そして、それは、好きな子が他の同級生と手を繋いで花火をみている姿を目撃して、お面を被って悪態をついた小学生のころから一歩も心理的な成長がなされていないことでもある。


さて、現在の小さな心はわかったけど、個人的には、ヤマザキくんを深める為には、過剰な自信の源、周囲からの浮上、脆弱な自分中心世界、時おり世界の没落、孤立、失望、妥協。対象の発見、過剰な没入、裏腹なノーフューチャー。といったところを、点描であっても、ちゃんとやらなくちゃならないかなって思った。
しかし、きっとこれ以上、この方面には立ち入らない気がする。作り手の興味の方向がどうやらこっちじゃないみたいだし。主人公じゃないし。なにより、ギャグよりだし。


ところで、サトウくんにしろ、ヤマザキくんにしろ、もはや、キャラクターの底が割れちゃったカンジがする。したがって、俄然興味の対象は、これまで語られてこなかったミサキちゃんの造形に集中してくるわけです。
・・・・なんですが、ミサキちゃんも淋しいトラウマ人生を歩んでいるってことは、予想できるのだけど、その寂しさ故に、サトウくんと、くっつけようとするのはどうなのか。あんまりサトウくんを甘やかしてはいけない気がするよ・・・・・


それはともかく、ミサキちゃんの、これから深まるであろう「トラウマ造形」に非常に期待。してもいいでしょうか。


◆◆以下メモ◆◆
・それにしても、サトウくんは、もはや絶対引きこもりじゃないな・・・・。


・サトウくんの演説
「女なんて所詮ただの人間じゃないですか。・・・・所詮3Dに萌えなど存在しないんですよ!」
「いいですか?本来日本には恋愛など存在しなかった。あったのは見合いと夜ばいだけ。恋愛なんてのは、海外から入ってきた風習なんです。」
「・・・・ロマンチックラブは、資本主義を拡大するための罠なんです!そんなモノに踊らされて、どうするんです!」
・・・・若干共感したかも。


ヤマザキくんのボルテージがあがる。
「女はこの世の害毒です!我々は、世の女どもに正義の鉄槌を下さねばならないのです!消え失せろ!女ども!!」
・・・・・この直後、ギャグの宿命で、デートに誘われてころりと態度を変えるところ、笑いどころのはずなんだけどなー。シリアスドラマとギャグの間に引き裂かれていて、中途半端なカンジで不発。